5つの革命

ファクトリー・オートメーション革命
NC(数量制御装置)工作機械、ロボット、CAD・CAM(コンピュータによる設計・製造)で、あちこち無人工場ができ、昼夜の別なく機械は働き続けた。工場で働く労働者は大幅に少なくなり、合理化に大きく貢献した。
オフィス・オートメーション革命
通信技術とコンピュータが結びつき事務処理を合理化した。
セールス・オートメーション革命
POS(販売時点情報管理)システムの導入が小売業の合理化をもたらした。
メディカル・オートメーション革命
ホーム・オートメーション革命
家庭内にもパソコンやワープロ、ファクシミリ、携帯電話などのエレクトロニクス機器が導入され、家庭生活を変革させている。

日本は石油危機後の不況を@政府の財政・金銭面からの総需要拡大政策、A輸出拡大(「集中豪雨的」と非難された)、B企業の減量経営・合理化などによって克服していく。特にBでは「人べらし」合理化とならんで、省エネ、省力化、自動化などによる生産の合理化が大きな役割をはたした。
特に70年代後半から企業はME(マイクロエレクトロニクス)革命を積極的に取り組み、生産性の向上、新技術の開発、新商品の開発に成功する。それは80年代の日本を「経済大国」にするとともに、産業構造の軽薄短小化、ソフト化を進め、また国民生活を大きく変えた。

経済キーワード

集中豪雨的輸出
1973年の石油危機後の不況・内需低迷を打開するために、日本企業は特に欧米向け輸出を急増させた。
世界輸出が伸び悩む中での日本の輸出急増は、『集中豪雨的輸出』との非難が77年以来高まり、特に伸びの顕著な自動車、電子機器、鉄鋼などをめぐって、貿易摩擦が強まった。また、国際収支の大幅黒字にともなう急速な円高が進んだ。
複合不況
91年のバブル崩壊以降の不景気は、通常の設備調整や在庫調整による景気循環的不況だけではなく、バブル崩壊により不況債権を抱えた金融機関の不況が重なった。
「複合不況」であるとする見解をいう。宮崎義一氏が同名の書によって分析し名付けた。

日本がアメリカを抜く

 85年、日本が世界最大の純債権国(海外の資産が債務=借金を上回っている国)にのし上がる一方、1914年以来、債権国の地位にあったアメリカが債務国(借金国)に転落した。
日本は史上最大の貿易黒字を稼ぐ一方、アメリカはどこの国も経験したことのない1000億ドルを超える貿易赤字を記録した。
 一人当たりGNPの日米逆転が生まれたのも、この年である。明治以来の国民的スローガンともいうべき「欧米に追いつけ、追い越せ」という宿願を成し遂げたのである。それはあの香しいアメリカの時代、「パックス・アメリカーナ」(アメリカ主導の世界体制)の終わりを告げることを意味していた。